『フライト』 アルコールと嘘と飛行機事故

3月1日、金曜日、河原町にて。初日でした。通常なら間違いなく墜落していた飛行機を奇跡的に着陸させた機長のデンゼル・ワシントン。だが、事故後の血液検査で彼の体からアルコールとドラッグが検出される。なんと機長はアル中でジャンキーだったのだ!

デンゼル・ワシントン演じるウィトカー機長はつくづくダメな男である。もちろん、とっさに神がかり的フライトを成功させたのだから、パイロットとしては卓抜した才を持っているだろう。だがいざ飛行機を降りるとどうか。中年ぶとりのずんぐりした体。いい雰囲気のギャルには本能的にムラムラ。お酒がやめられない。クスリもやっちゃう。酔っぱらってしでかして自己嫌悪。特に物語を占めるのは、ウィトカー対アルコールの問題です。具体的な説明はされないが、元嫁に会いに行っただけで、年端もいかない実の息子からあの剣幕で追い出されるのだから、家庭内でも相当なトラブルのもとになっていたのだろう。映画における最大のスリルは、実は飛行機事故よりも、終盤質問会前での飲むのか?飲まないのか?というシークエンスであった。

人は大なり小なりなにかに依存しつつ、自分のなかのバランスを保っているのだと思います。それはお酒やお菓子だったりセックスだったり。けれども依存が過度になると、自分を省みる暇なく、それらに手を出してしまう。依存状態にあることからも目を背けてしまう。主人公の内省をめぐる物語を、アルコール依存をあわせ鏡とすることで、スリリングに描いていることに、映画的なおもしろさを感じました。

『奪命金』 一つの怪物が香港を徘徊している――金融危機の怪物が

2月25日、月曜日、心斎橋にて。日本での全国上映としては『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』ぶりとなる、ジョニー・トー監督の新作。2011年の東京フィルメックスで上映された際には、高い評価を受けていたのでとても楽しみにしていました。

黒社会に生きる男たちのノワールを、もはやマジック・リアリズムの領域に達したような映像美で描いた『エグザイル 絆』や『冷たい雨に撃て、約束の縦断』といった、これぞジョニー・トーと言いたくなるラインの諸作とはまた異なった、監督の市井の人々への眼差しがうかがえる作品でした。3人の主人公が、ギリシアを発端として2009年のEU金融危機と1つの殺人に翻弄される。さて、なにをさしおいても、主人公の1人、気のいいヤクザを演じたラウ・チンワンです。とにかく、この男のすべての挙動が愛おしい。頭はどちらかと言えば良くないが、仲間のためには精一杯できることを惜しまない人情派。いずれの振る舞いもどこかズッコケ感が漂っており、つい笑ってしまうものの、その愛らしさやまっすぐさに不意に泣きそうになってしまう。パウという名前も、犬みたいな表情とあいまって可愛さ満点でした。

パウ以外の2人の主人公も、職務に精を出す刑事(とその妻)、成績の悪い女性銀行員と、いわゆる普通の人々です。彼らも、映画のなかで、親を亡くした子を迷わず引き取る、リスクの高い投資を一般の人に勧めることに抵抗を感じているなど、優しさや弱さが描かれています。金融とは世界を徘徊する顔なきモンスターです。商品としては実体のないものでありながら、経済の空気を支配し、時に嵐を巻き起こす。ジョニー・トーは今作で、その暴雨風へと登場人物を曝すことで、顔ある人々の尊さを浮き彫りにしたのではないでしょうか。

『バチェロレッテ あの子が結婚するなんて!』 ダメ。ゼッタイ。と言われてきたのだから

2月27日、水曜日、二条にて。高校時代の仲良しグループで一番いけてなかったふとっちょがなんとイケメンからプロポーズ!?結婚式に出席するため久しぶりにグループは集まるが、はめをはずしすぎてウェディング・ドレスが破れてしまう!ヤバい!結婚式までは残り12時間しかない!というはなし。レディース・デー&題材ということで、たくさんの女性客のなか、ちょっと気を使ってすみっこで鑑賞しました。ストーリーを聞いたとき誰もが思い浮かべる、「あら『ハングオーバー』と『ブライズメイズ』を足したような作品かしら」という想像。映画はその大枠を外れるものありませんでしたが、驚くのはセックスとドラッグに対しての敷居の低さである。特に後者については、主人公たちがあまりに逡巡なく手を出すものだから、共感を求めて劇場に入ったであろう女性のお客さんたちにも、微妙な戸惑いムードが漂ってしまっていましたよ。終幕後、近くのお客さんが「クスリをやってトラブルになるから、途中からどんどん勝手にすればって気持ちになったわー」と言ってましたが、それもむべなるかな。なかなかに観客の心を代弁した言葉だと。結婚式までにドレスを修復しなければというタイムリミット・サスペンスの展開でありつつも、登場人物の行動に妙に余裕のあるところも、そう思わせる一因なのかな。キルステン・ダンストが、高校時代に花嫁である友達にかけたエールが、最終的に自分に帰ってきて彼女自身の成長へ導くという展開はよかったです。

『ゼロ・ダーク・サーティ』 推定5070000分

2月25日、月曜日、河原町にて。911テロから2001年のビンラディン殺害まで、アメリカによる対アルカイダ戦の10年間を、1人のCIA女性捜査官を通して描く。劇中で流れる時間は、探し、訊ね、騙され、そしてひたすら待った10年である。157分という長尺なランタイムは決して不要ではない。むしろもっと長くてもよかった。細かくチャプター分けされていましたが、それぞれの章をもっと丹念に味わいたいとさえ思いました。緊張感や焦燥感はじゅうぶんにあったうえで、まだのびしろを感じた自分でした。元も子もないですが、ドラマで複数回にわけて見たい題材かもなーと。駆け足にならざるをえないゆえか、ビンラディン発見以降に主人公たちの目標が彼の襲撃&殺害となるなかで、「あれ、この映画ってこんな話だったっけ」と思っちゃったんですよね。脇を固めるキャストの多くを、なんかで見たことある気がする、だが思い出せないというくらいの認知度の俳優を起用していたのはよかった。みなさんいい存在感でした。これで他の映画で見ても、ほら、ゼロダークサーティに出てた!となりそう。だから、やはり魅力のある映画なんだと思います。そして、新たに名前を覚えたエドガー・ラミレスという人は逆さ絵みたいな顔だと思った。

『世界にひとつのプレイブック』 ロマンスの神様、この人でしょうか

2月23日、土曜日、二条にて。素晴らしかったです!登場人物たちが話し、走り、ダンスする。スクリーンへと写し出される、それら動きのすべてが、笑みがこぼれるほどに眩く、泣いてしまいそうなほどに美しかった。鑑賞中は映画を観ていることの喜びを噛みしめていました。妻の浮気を目撃したことで躁うつ病になった男と、夫を亡くしたことで心にトラブルを抱えた女が出会う。

華のある俳優による神がかった演技と、撮影や音楽の使い方も含めたさりげなくもはっとさせる演出で、映画はこんなにも豊かさや新鮮さを持つことができるということを証明するような作品でした。まず、やはりヒロイン役のジェニファー・ローレンスについて言及せねばならないでしょう。表情、身のこなし、言葉の抑揚といった、演技面でのつねに斜め上を行くようなハイスコア連発に加え、身体的な説得力もすごい。『ウィンターズ・ボーン』『X-MEN ファースト・ジェネレーション』などで、かねてから魅了されてはいましたが、今作でとてつもない女優だなと再認識させられました。彼女がランニングに登場するシーンの鮮烈さといったら!また、彼女の圧倒的存在感とあえてバランスをとるかのように、主演でありながらやや身を引いて、繊細さと身勝手さの双方で少年のような佇まいを見せるブラッドリー・クーパーもすごく良かったです。彼の父親役のロバート・デ・ニーロ、母親役のジャッキー・ウィーバー、同じ病院の仲間であるクリス・タッカーといった演技巧者も、絶妙な温度の合わせ具合で、彼らのアンサンブルを眺めているだけで幸福な気持ちになりました。

ブラッドリー・クーパーの演じるパットにせよジェニファー・ローレンスによるティファニーにせよ登場当初は、ちょっとどうかと思うくらい観客が共感しづらいキャラクターとして映画内に登場するんですよね。自分も含め場内には明らかに、この映画大丈夫かなという戸惑いや不安なムードが漂っていました。にもかかわらず、いつの間にか観客の全てが「とにかくこの二人にはうまくいってほしい」と応援するモードに様変わりしてたんですよね。具体的な言葉でラブを表明するシーンは途中一度もないのに。ほんとうに些細な描写の積み重ねで、ロマンスが産み出されつつあることを観客に嗅ぎ取らせたのだと思います。まさに映画ならではの魔法が劇場全体をドライヴさせているのを肌で感じた2時間でした。最高でしたよ。

『ジャッジ・ドレッド』へー、銃で撃たれたときの人の身体ってこんな風になるんだー

2月21日、木曜日、八条にて。イギリスのコミックを映画化。3Dで鑑賞しました。すごくおもしろかったです!核戦争後の未来、8億人の暮らす荒廃した都市=メガシティ、秩序と市民を守るのは陪審員と判事と執行人を兼ねた組織のジャッジ、という状況説明をオープン3分で手際よく済ましてからの、かましとばかりにドドンと飛び出すタイトル『DREAD』!いきなりピーンとたってしまいました(親指が)。かっこいいー!!!

ジャッジのユニフォームやバイクのデザインなども、洗練され過ぎず、ごちゃごちゃし過ぎずの自分好みのバランスで、まず世界観で一気にもってかれました。ガジェットやディティールにフェティッシュにはまれるどうかかって、SF映画においては大事な要素ですね。さらに、メガシティで暮らす人々の命が極めて軽く描かれていることも、大変おかしみがありまして、少年期のマイベストムービーがシュワちゃんの『バトルランナー』であった人間にとって、20年ぶりに同じ興奮を味わうことができました。こんな未来になってほしい、夢のディストピア像!

また、感覚をゆっくりさせるドラッグ、スローモーをキメたときを疑似体験させてくれる描写(お風呂に入ったとき、浮かび上がった水滴がキラキラと宙に浮いたままになる)や、なかなかにえげつない人体破壊描写(体の皮を剥いだ後に高層ビルから地上へ突き落とされる)など、映像面で目を惹きつけられる箇所は多いのもよかったです。特に、銃で撃たれたスローモーのジャンキーの身体がゆっくりと傷ついていくのには目を見張った。まず筋肉が波打って、次に黒い穴が空き、最後に傷口がグシャッと開いて一気に血が噴出という様子を、超スローモーションでとらえた映像には、「せっかく来てくれはったお客様になんてことないお食事なんぞお出ししませんでー。どや!どや!」という作り手の気概を感じました。

顔出しNGかというくらいにマスクでがんばった主役ドレッド役のカール・アーバンに、金髪ショーカットがむちゃくちゃ可愛かった新米ジャッジ・アンダーソン役のオリヴィア・サールビーと、主演二人のはまりっぷりも素晴らしかったので、ぜひ同じスタッフ/キャストで続編もあってほしいです。次作では個性的なヴィランを各種揃えて、さらに『バトルランナー』濃度が高くなることも勝手に期待しています。

『ロンドン・ゾンビ紀行』方言 vs ゾンビ

2月21日、木曜日、東寺にて。ロンドンでゾンビが発生し老人ホームのおじいちゃんやおばあちゃん、さらにその孫たちがゾンビ撃退にがんばるという大変そそられる話。ロンドンでゾンビというと『28日後』や『ショーン・オブ・ザ・デッド』が思い出されますが、今回の映画は後者からの影響下にあると思しきコメディ・タッチの作品でした。ゾンビが最初に人を襲うところの「うしろうしろー!」感、赤ちゃんゾンビを豪快にあしらうところ、歩行器でヨボヨボと歩く老人とゾンビによる史上最遅のチェイスなど、声をあげて笑ってしまったところも多かったです。そうそう、今作のゾンビは歩く系でしたよ。

もとの英題は『Cockneys vs Zombies』となっているように、登場人物の多くが東ロンドン訛りです。この方言をスラングコックニーと言います。ブラーの"Park Life"という曲でのフィル・ダニエルスのパートなどが有名ですが、今作の主人公兄弟2人の喋り方はまさにあんな感じでしたね。コックニーの早口気味でアクセントの効いたリズムは、深く考えるよりもまず行動をしてしまう彼らのキャラクターともマッチしていて、作品を勢いづけるとともに映画としてのイキの良さを印象づけていたと思います。欲を言えば、イギリスならではのゾンビ退治方法にもうひとつアイデアがあったらといったところでしょうか。今回いともたやすく銃を持ってしまうんですよね。