2013年に観た新作映画ランキングTop20

2013年に見た新作映画を順位付けしてみました。未公開映画と2013年になってから京阪でかかった12年作も含んでいます。20位までと次点が5つ。以降もなんとなくのおもしろかった順で。全部で95本でした。100いかなかったのが残念!

今年は昨年『パラノーマン』どまりに終わったこのブログをちゃんと継続したいですね。全ての新作映画については大変なので、月に2本程度、参照作や原著までちゃんと下調べしたレビューを書くことを目標にしたいと思います。では。

1. 世界にひとつのプレイブック
2. パラノーマン ブライス・ホローの謎
3. そして父になる
4. キャプテン・フィリップス
5. ゼロ・グラビティ
6. 君と歩く世界
7. クルードさんちのはじめての冒険
8. パシフィック・リム
9. はじまりのみち
10.ホワイトハウス・ダウン

11.ザ・ウーマン
12.ワイルド・スピード EURO MISSION
13.憧れのウエディング・ベル
14.プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ
15.ジャンゴ 繋がれざる者
16.ウォールフラワー
17.ラストスタンド
18.ペーパーボーイ 真夏の引力
19.悪の法則
20.クロニクル

次点
ルームメイト
フライト
インポッシブル
殺人の告白
リンカーン

ザ・マスター
真夏の方程式
ソハの地下水道
死霊のはらわた
ジャッジ・ドレッド
アウトロー
フラッシュバックメモリーズ3D
ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日
DOCUMENTARY OF AKB48 NO FLOWER WITHOUT RAIN 少女たちは涙の後に何を見る?
モンスターズ・ユニバーシティ
かぐや姫の物語

42
クラウド アトラス
愛、アムール
横道世之介
奪命金
ゼロ・ダーク・サーティ
もらとりあむタマ子
偽りなき者
ムーンライズ・キングダム
きっと、うまくいく
風立ちぬ
マーサ、あるいはマーシー・メイ
キャビン
セレステジェシー

ザ・タワー 高層ビル大火災
ローン・レンジャー
サプライズ
死霊館
シュガー・ラッシュ
ワールドウォーZ
エリジウム
ローマでアモーレ
華麗なるギャツビー
マジック・マイク
天使の分け前
21ジャンプストリート
LOOPER

欲望のバージニア
ペコロスの母に会いに行く
ウルヴァリン:SAMURAI
エンド・オブ・ホワイトハウス
ポゼッション
フィルス
オズ はじまりの戦い
テッド
トールマン
ロード・オブ・セイラム
サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタル・シネマへ
メキシカン・スーツケース
タイピスト

カルテット
太秦ヤコペッティ
ジャックと天空の巨人
リアル 完全なる首長竜の日
クロユリ団地
Playback
アイアンマン3
グランド・イリュージョン
地獄でなぜ悪い

イノセント・ガーデン
バチェロレッテ ―あの子が結婚するなんて!―
プロジェクトX
ロンドン・ゾンビ紀行
脳男
スタートレック イントゥ・ダークネス
マン・オブ・スティー
G.I.ジョー バック2リベンジ
映画監督ジョニー・トー
俺俺

『パラノーマン ブライス・ホローの謎』  「良いゾンビも悪いゾンビもどちらも殺せ」と、あなたは掲げた

3月30日、土曜日、二条にて。ストップ・モーションで撮られたアニメーション映画。幽霊の見える少年ノーマンは、家庭では疎まれ学校では変人扱いされ、趣味はゾンビ映画を見ることという孤独な子ども生活を送っていた。彼の暮らすブライス・ホローの街は、魔女狩りの伝説があり、今年はその300周年。世捨て人の叔父は、ノーマンに魔女の呪いを封印するためのある使命を託す。が、タイムリミットである命日は刻一刻と近づいていて・・・。

どうして、魔女狩りのような事態が繰り返し起きてしまうのか?この映画はその構図を、もはや絶望的とも言えるわかりやすさであぶり出します。ゾンビとなり蘇った300年前に魔女を裁いたものたち。彼らがブライス・ホローの街に到着するなり、人々は刃物を手にとり火を掲げ、口々に叫びます「やっちまえ!」。かつて彼らが魔女におこなったのと同じように。恐怖や不安のあまり、日頃は知性を持った大人たちが考えることをやめてしまい、集団ヒステリーにかかったように暴力をふるうのです。この国でも今同じようなことが起きてますよね。過去に魔女を狩ったものたちが、次はゾンビとなり人々に刈られようとする。憎しみの矛先は誰にでも向かう可能性があることを、映画はきっぱりと示します。

では、集団が犯さんとする過ちに対して、一人の人間は何ができるのでしょう。それでもなお今作は、他人を助けようとする心、優しさを受けた時の嬉しかった気持ちという、関係性のなかから生まれる愛に、抑止を託そうとしています。劇中で印象を残す2つの「ほっといてくれ」。その言葉を誰が言い、誰かはどう返したか、その結果どうなったのか。作り手は、そこに恐怖の暴走を止める可能性を見出しているのではないでしょうか。そして、今作はさらに一歩踏み込んだところまで思索を進めます。それは、一度迫害する立場になってしまったもののなかにさえ、他者を想像し思いやる心があるということまで、映画は描いているところです。魔女裁判で断罪した人々も、僕やあなたのような普通の良き人間であったのだと。もちろん、それによってさらに恐ろしさは増します。裏を返せばどんな人間も魔女を狩る立場に立ってしまうかもしれないということですから。

一方で今作がなにより素晴らしいのは、極めて明解にテーマを打ち出しながら、作中は映画的興奮に満ち溢れていることです。ストップ・モーションで独特の実在感を与えられたキャラクターに、何度笑わせられ、彼らの躍動に何度胸の鼓動が速まったことか。特に終盤ノーマンが魔女と対峙する場面は、手に汗握る興奮と止めどなく溢れ出てくる涙が同時進行という稀有な体験で、ちょっと自分がとんでもないことになっていました。わずか90分に笑いとスリルが満ちている、それだけで最高なんですが、おまけに今の日本のある局面について写し鏡になっている。映画が喚起する芸術的感動と、映画の持つ社会への眼差しに対する共感、その双方がタペストリーのように織り連なっていることに、嗚咽をもらすほど心動かされてしまいました。

『シュガー・ラッシュ』ウィズ・ア・リトル・ラブ・フロム・マイ・フレンド

3月24日、日曜日、大阪駅にて。満員でした。賑わう劇場でたくさんの子供達と観れたことがとてもよかったです。僕の隣には小学校3,4年くらいの男の子2人組が座ってたんですが、子供ってとにかく反応がヴィヴィッドなんですね。いちいちキャラクターにつっこんだり。ちょっとこの子たち騒がしいかなと思うこともあったんですが、エンドロールで横を見るとさめざめと泣いてて、おまけに「いい話やったなー」なんて言い合ってるものだから、オールオッケーといった気持ちになったのでした。

でも確かに、子供の時のほうが、自分というものに対して今よりはるかにコンプレックスを抱いてたなと思い出します。自分の限界を知らないから、できないことをこなす他者、よりうまくできる人間、例えば足が早かったり図工が上手だったり、と自らを比較して自分に嫌悪感を抱いたりする。その意味でこの映画のラルフという主人公は、子どもたちにとっても自己投影できる存在なのだと思います。そして、ラルフは映画のなかで、友だちからの愛を実感することで、自分の人生を祝福することができる。もちろん大人である僕たちは、自分がなにものでもない存在であり、どうやったってこんな自分にしかなれないという限界を知っています。でも、がんばることしかないんだよ。映画は大人に対してもそう語りかけているように感じました。僕自身、隣の子供たちと同様に号泣していたのですから。

『オズ はじまりの戦い』 ひとりと、いっぴきと、いったいの、まじょたいじ珍道中

3月23日、土曜日、二条にて。ドサ回りの手品師オズが嵐に巻き込まれ、見たこともない世界にたどり着く。そこで予言に書かれた魔法使いと勘違いされた彼は、悪い魔女を倒すことになってしまうが・・・というはなし。

予言に書かれていたとはいえ、最初にオズと出会う魔女セオドラを筆頭にこの世界の住人が、なぜかくも彼を救世主と盲信しているのかが、よくわからなかったりするのですが、ジェームズ・フランコ演じるオズのとりあえず安請け合いするキャラが映画の推進力になってました。頭より口、口より股間がまず動く主役は、ジェームズ・フランコの持つ、軽さ、薄さ、ちゃらさにマッチしてて説得力ありましたよ。

でも、このオズみたいに、まずやるって言って、そのあと方法を考えるってのも案外大事だよなーと思ったり。決断することで、周りにも動きがでて、その振動からブレイクスルーへの裂け目が生じたりするわけで。そして、オズのそうした言動が繰り返し描かれていたからこそ、目先の利益と見栄でほいほい引き受けてきた男が、心の底から申し訳ない表情を浮かべて「ごめんよ、できない」というシーンが、この映画のもっとも感動的な瞬間でした。

とにかく最高だったのが、猿のフィンリーと陶器の少女。猿の顔芸のおかしさ、少女の挙動の可愛らしさといったら!オズ以外の人間のキャラに関しては落とし所も含めてどうかと思うところが多いし、正直作り手からの愛情があまり感じられないのですが、この2者はほんとうにイキイキとしていて、楽しませてくれました。できることならオズとフィンリーと陶器の少女の珍道中をもっといっぱい見たかったなあ。

『クラウド アトラス』決して消えない光がある

3月20日、水曜日、河原町、朝9時30分の回で。3時間弱という長尺、さらに6つの時代の異なる物語を同時進行させるという意欲的な構成から、朝一で見るにはヘヴィかなと不安でしたが、それは杞憂でした。あ、もう終わりかと感じたくらい。6つの物語それぞれが手際よくまとめらていて、過不足ない絶妙なバランスだったように思います。また、ウォシャウスキー姉弟の作品ゆえ、驚異的な映像がふんだんに盛り込まれているのかと思いきや、そういった映像体験的な演出は極度におさえられ、物語を語ることにフォーカスが絞られていたことも、観客を映画に付き合わせるという意味で成功していました。

19世紀から文明崩壊後の未来まで、6つの舞台は薄く繋がりが示唆されるも、それぞれ独立した物語が展開されます。大きくは奴隷問題から原発、クローン人間についての倫理的な問い、小さくは性格的に問題のある男が出くわす災難。人類史において繰り返される過ちや愚かさが描かれるなかで、それぞれの主人公は悩みながら、みずからの良心に向き合っていきます。生きる時代も抱えた問題の大きさもそれぞれ違った登場人物たちを、映画はわけへだてなく応援しているのが素晴らしいと感じました。また、文明崩壊という最終的なカタストロフをあらかじめ示しながらも、何をしても無駄というニヒリズムに溺れずに、小さな正義が導く大きな未来への予感を重奏させて、映画を閉じたのがほんとうによかったです。

観たあとの感触として個人的に近しさを覚えたのは『ダークナイト ライジング』でした。それは、スタイルで自らの映画を特徴づけていた作家が、そういう装飾をはぎとったあとに、残っていたものを写しだした映画だと感じたからです。クリストファー・ノーランなら思わせぶりなかっこよさやクールなトーン、ウォシャウスキー姉弟ならファンタジックな映像体験。けれども両者とも最新作においては、うわべの取り繕いを跳ね除け、自分の真ん中で最後に残ったなにか、もしかしたらいびつで不恰好かもしれないが、鮮烈で確かな輝きを、ズル剥けのまま叩きつけてきた印象でした。そして、それこそが映画が喚起する高揚や感動の、なによりの直接的な理由になっている。無性に鼓舞されたり、いい人間でありたいと強く思ったり。たまにそんな風に思わせてくれる作品に出会うことがあります。『クラウド アトラス』も『ダークナイト ライジング』も完璧な映画ではないですが、自分にとってはとても大切な示唆を与えてくれた一本になりました。

『横道世之介』 君は世界で一番美しい顔をしている

3月5日、火曜日、八条にて。今はもういない、かつてわたしの傍らにいた人。なぜかわからないけれど、今日その人のことを思い出した。この映画で、登場人物の心に浮かんだのその人は、1987年に東京の大学生だった横道世之介でした。

いつも一緒に下校した友人、初めて好きだと言ってくれたあの人、さらに優しさだけを交わすことのできた名もしらぬ他者もまた、等しく遠くへと離れてしまった。その刹那と、それがゆえの只中にいる瞬間の眩さ、そして心の奥底で眠っていたはずなのに、いつしか目を覚ましてはしばし心を奪う、思い出という記憶のいたずらな優しさを、スクリーンいっぱいに放っていた映画でした。

鑑賞中ずっと思い返していた歌があります。それはFlaming Lipsというバンドの"Do You Realize"という曲。コーラスではこんな歌詞が歌われています。


Do you realize that you have the most beautiful face?
知ってるかい?君は世界で一番美しい顔をしてるってことを

Do you realize we're floating in space?
分かってるかい?自分が宇宙に浮かんでる存在だってことを

Do you realize that happiness makes you cry?
知ってるかい?幸せのあまり泣いてしまうってことを

Do you realize that everyone you know someday will die?
分かってるかい?君の知るすべての人がいつか死んでしまうってことを

突然の電話、事故を告げるニュース、居間に飾られた肖像画。映画では、幾つかの死のイメージが登場します。それらは時には唐突に現れ、時にはあまりにさり気なく漂う。かように、僕たちの生はどうしようもなく死と隣り合わせです。離別についても同じでしょう。すれ違っていくことにも気づかぬまま、いつのまにかあんなに遠くなっていた。死や別れは、不条理なまでに前触れなく、あるいはいたく緩慢に、僕たちのもとへやってきます。

いつしか、いないことが自然となり、気にもかけぬまま毎日を続けていくことになる。けれども、僕たちはたまに思い出すでしょう。今どこにいるかもわからぬ人たちのことを。世界で一番美しかったその顔を。

『ジャンゴ』 あるいは19世紀アメリカ南部におけるおとなのけんか

3月1日、金曜日、二条にて。初日でした。タランティーノの新作公開ということで、顔を紅潮させた青年たちが劇場へと集っておりました。それにしても、作品一覧を見るにつけ、おもしろくない映画が一つもないってなんたるフィルモグラフィー!デビュー作の『レザボア・ドッグス』時に10代序盤だった自分にとっても、20年もの間ずっと同時代に生きている実感のある唯一の映画作家だと思います。僕のお気に入りは『ジャッキー・ブラウン』と『イングロリアス・バスターズ』。

というわけで今作、端的に言えばめちゃくちゃ最高!でした。タランティーノ作品の特徴の一つに、登場人物のキャラクターがやたらめったにたっているというのがあると思いますが、今回も楽しかったです。ジェイミー・フォックスクリストフ・ヴァルツレオナルド・ディカプリオサミュエル・L・ジャクソンというメインキャストにあたる4人はすべからく魅力的でした。四者が奴隷売買交渉のため食卓を囲むシーンが後半のハイライトでしたが、スリルとウィットを両立させた会話の応酬には昨年の『おとなのけんか』を思い出したり。演技を見ることのおもしろさを髄まで味わせてくれるシークエンスでした。

僕自身は悪役の二人、ディカプリオとサミュエル・L・ジャクソンにすっかりロックされたのでした。サミュエルはもう、出オチの爆発力がすべてのシーンで奇跡的に続いているようなおかしさで、糞爺を楽しそうに演じていました。そして、ディカプリオはほんとによかった!ここ最近は、まるで世界の不幸をすべて背負っているような重たい演技が多く、賞レースでの不遇もあいまって、陰鬱さのなかにいる印象でした。好きな俳優で個々の演技も間違ってないだけに、ディカプリオさん大丈夫かな?眉間の皺はいつかとれる日がくるのかな?と心配していたのですが、今作はまるで憑物がとれたようで悪い大富豪キャンディを嬉々として演じていました。

ディカプリオ次作の『華麗なるギャツビー』が、またしても眉間皺寄せ演技くさいので、まだ心配はとけませんが、久しぶりに元気な彼を見れて、良かったです。なので、これでオスカーとってほしかったな。それにしてもディカプリオは、何度女で苦労すれば気がすむのか!

と言いつつも、クリストフ・ヴァルツのオスカー受賞にはなんら不満がなくて、それはやはり映画内で一番印象的なアクションは彼が起こしたものだったからです。一貫してローリスク・ハイリターンという原則で動いてきた人間が、制御できずエモーションを爆発させる瞬間がとてつもないカタルシスでした。そして、その行動が彼の芯にある正義に基づいていることこそが、この映画が喚起する驚くほどにまっとうな感動の真髄なのだと思います。友達全員に勧めたくなる作品でした。最高!