『横道世之介』 君は世界で一番美しい顔をしている

3月5日、火曜日、八条にて。今はもういない、かつてわたしの傍らにいた人。なぜかわからないけれど、今日その人のことを思い出した。この映画で、登場人物の心に浮かんだのその人は、1987年に東京の大学生だった横道世之介でした。

いつも一緒に下校した友人、初めて好きだと言ってくれたあの人、さらに優しさだけを交わすことのできた名もしらぬ他者もまた、等しく遠くへと離れてしまった。その刹那と、それがゆえの只中にいる瞬間の眩さ、そして心の奥底で眠っていたはずなのに、いつしか目を覚ましてはしばし心を奪う、思い出という記憶のいたずらな優しさを、スクリーンいっぱいに放っていた映画でした。

鑑賞中ずっと思い返していた歌があります。それはFlaming Lipsというバンドの"Do You Realize"という曲。コーラスではこんな歌詞が歌われています。


Do you realize that you have the most beautiful face?
知ってるかい?君は世界で一番美しい顔をしてるってことを

Do you realize we're floating in space?
分かってるかい?自分が宇宙に浮かんでる存在だってことを

Do you realize that happiness makes you cry?
知ってるかい?幸せのあまり泣いてしまうってことを

Do you realize that everyone you know someday will die?
分かってるかい?君の知るすべての人がいつか死んでしまうってことを

突然の電話、事故を告げるニュース、居間に飾られた肖像画。映画では、幾つかの死のイメージが登場します。それらは時には唐突に現れ、時にはあまりにさり気なく漂う。かように、僕たちの生はどうしようもなく死と隣り合わせです。離別についても同じでしょう。すれ違っていくことにも気づかぬまま、いつのまにかあんなに遠くなっていた。死や別れは、不条理なまでに前触れなく、あるいはいたく緩慢に、僕たちのもとへやってきます。

いつしか、いないことが自然となり、気にもかけぬまま毎日を続けていくことになる。けれども、僕たちはたまに思い出すでしょう。今どこにいるかもわからぬ人たちのことを。世界で一番美しかったその顔を。