『ザ・ウーマン』VS マンズ・マンズ・マンズ・ワールド

1月6日、日曜日、七藝にて。最高でした。男性原理と言うべき、世界からの強権的な抑圧に対し、まっとうな憎悪をもって迷いなく鉄槌を下すザ・ウーマンの姿に震えるような感動を覚えた。

ハンティングが趣味の父親が、ある日しとめてきたのは、なんと食人族と思しき野生の女。父親は女の手足を納屋に縛りつけ、家族に世話を命じる。やがて一日と女の奇妙な共同生活が始まるのだが・・・。次第に、潜在化にあった家族間の張り詰めた緊張感が顕となっていく。

まずこの父親のクソ男っぷりがすごかったです。ずる賢いだけの小物でしかないのに、周りより少しだけ頭がきれることと、ちょっとした腕っぷしの強さだけを自信の根拠に、他人を意のままに操れると思い込んでくる最低の男。当然、女性は男性に服従すべしと考える男根主義者です。家族構成はこいつと、妻、長女、長男、そしてかわいい末っ子娘のダーリン。この息子が父親の遺伝子を見事に受け継いでいることは、学校での振る舞いなどで明らかになります。おそらく鑑賞者の多くがまずつっこみをいれるだろう、いくらなんでもザ・ウーマンの飼育、家族もすんなり受け入れすぎやろ!って展開は、父親の強権以外にも、ある秘密で裏打ちされており、その事実が発露したシーンには驚愕しました。

家族、特に父と息子のクズっぷりを嫌らしさたっぷりに丹念に描写しているため、後半のザ・ウーマンが遂に!という場面以降は凄惨ながらも、すさまじい興奮と爽快感でした。世界が疾風怒濤の勢いで浄化されていく感覚。後光を浴びてすくっと立つザ・ウーマンの姿は、AKBドキュメンタリーでの前田敦子に比肩する神々しさだった。

家族の暮らす家は、男性原理であるこの世界の巧妙なメタファーです。そして、登場人物それぞれが、世界に対するいくつかの向き合い方を象徴しています。もっとも憎悪すべき父親でさえ、過度に変態や狂人として装飾するのでなく、鑑賞者が心のどこかに持っている権力欲へ性差別意識の延長として描かれている。この作品には、誰もがこの世界に加担しているという居心地の悪さが通奏低音として響いているのです。

では、世界があなたに暴力をふるったとき、あなたはどうすればいいのか。この映画は、苛烈な倫理観でその答えを示します。「闘え。そして、世界中のどんなクソ野郎よりも強くなれ」あなたを殴る相手のために、あなたが沈黙する必要はないのです。闘うあなたの姿は、きっとあなたの涙よりも美しいでしょう。